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アルテミス・カルテッド

いま最も若くかつ最も注目すべきカルテッド。

二夜連続で聴くことが出来た(WWLさんに会いました。WWLさん、超忙しいのに遅くまでつきあってくれてありがとう!)。
この演奏の特質は「対照」である。まず、古典と現代の対照。モーツァルトやシューベルトとバルトークやリゲティらの対照である。小生としては後者の方をとりあげよう。
バルトークとリゲティがここで並列されるのは、リゲティがバルトークに学んでいるからである。今回演奏されたリゲティの第二番はハンガリー時代のバルトークによっている。特に、リゲティ第二番の第三章(つまり全五章の中心となる)は、ピッチカート奏法の曲としてバルトークの第四番に登場するピッチカート奏法の曲をミニマルに再現前しているのだ。

この第三章を中心にして前半と後半が対照されている。

前半の第一章と第二章は、上下する音階・音量と一定の音階・音量という対照で併置されている。第一章は上下する音階によりつつ、爆発する音と凝縮する音を表現している。第一章の内部が入れ子状にやはり対照的構成となっているのである。第二章は一つのテクスチュアの膨張と縮小によって、膨張するときには速く、縮小するときには遅く聞こえるようになる。しかしその演奏は、膨張するときの演奏より縮小するときのほうが速いのである。つまり、一つのテクスチュアの振幅を速く演奏すればするほど音は遅くきこえるパラドックスを示すのである。

後半の第四章と第五章は、混乱と秩序という対照で併置されている。第四章は激しいノイズ的な大音量で演奏される。それに対して、第五章はロマン的表現でありながら不思議にずれていく構成。ロマン主義に「say goodbye」なのだと演奏家は言っていた。まるで人がいなくなった廃墟を想起させる音楽であった。

全体に宇宙的神秘的な音に満ちており、六〇年代の音楽の達成というべきだが、どうも小生にはこうしたイメージがこの音楽からのみもたらされたと思えないものがあった。それで気がついたのは、キューブリックが『宇宙の旅』をはじめ、いくつかの映画でこのリゲティの音楽を使っているということだ。キューブリックがこれを使ったおかげで、その後の映像の背景にもこの音楽が擬似的に使われたり、この音楽の擬似的音楽が使われたりしたにちがいない。それが小生にこの音楽に対するイメージの内面化を生じさせているのではないか、と思われるのである。

バルトークにはハンガリーの民謡から立ち上る湯気みたいなものがあり、それが空中で変容していくようなテクスチュアが残っていた。リゲティには、同じハンガリーでありながらそうした残留がないような気がする。演奏家は、モーツァルトらとリゲティをハプスブルグによって連結させようとしているようだが、やはり彼らが「スパイス」という単純な観点でおいたのを基礎として、「対照」という点で聴いたほうが小生の性にはあっているわけである。(胡盧洞)
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by roberte_ce_soir | 2005-11-28 23:53